異なる考えも存在する

今現在、2回目のファイザーワクチンを摂取し、関節周りのダルさを抱えています。熱は少し上がっただけで、36.9度。平熱も低めで35度と36度の間くらいで、少し上がった感じ。

最近は自分の選択するモノと隣の人が選択するモノ(選択してきたモノ)がちゃうんやろな〜と思うことがある。生活する上で大事にしているものや自分ルールに差があるということかもしれない。私の中で染まりすぎていることに関して、突き抜けていれば「圧倒され、憧れる」場合もあるし、なんか「自分とは合わない」ことをされていると距離を置くこともある。反対に「真っ白な姿に心を奪われる」こともあれば、その姿に対して「なんにも持ってないやん、おもんな」と感じてしまうこともある。

また俯瞰した場所では、「そんなこと思わんでええんちゃう?」、思ったとしても「あんまり口に出すべきではないんじゃない?」と感じることもある。ただ、思うことには変わりないのだから、「湧いてくる気持ちを正直に認めないとどうすんのさ」とも思ったりする。

もうここらへんになってくると考えすぎているな〜となって、一度考えるのを辞める。自然とやめて、体を動かしたりする。だったり友人や家族と意見交換をしたりする。同じ料理を作ったり食べたりしながら、相手の選択することと自分が選択するものを比べて、参考にさせてもらう。周囲の人のいいと思うところを参考にすることが過剰になったり、自分の選択を他人に参考されることが過剰になると、自分を見失って、「俺は誰のために選択してるんだ」ろ?のような承認欲求をこじらせた状態に陥ったりもする。

久しぶりに、みんながわかりやすい同じテーマに直面しているかもしれない。COVID-19のワクチンを体に入れますか、ということにシンプルながらも、いろんなことをみんな言うよね。私も簡単に説明したりする。

「色んな人と気兼ねなく話したい」

Thefirsttakeで梅田サイファー観てるけども、ビート、声、音に体を揺らすことがこんなに幸せなんだよな。さらにいいのは目の前で本物の音楽を聞きたいマインド。ほんとに私はそんなことしか考えていないんです。好きなあの人と好きなあいつと、ドライブでもして、キャンプでも行って温泉でも入って、話したいよなということだけです。自分の内側から湧いてくる表現したい、体を動かしたい、音を出したい、声を出したい、風を感じたい、波音を聴きたい、夜風に寒さを感じたり焚き火に寄せたい体。選択肢を狭めたくない。したいときにしたいことをしたい。

それではロットバルトバロンの『極彩 | I G L (S) 』をどうぞ(読み方がわかりません笑)。

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