何をして生きていくのかな

最近特に感じていることかもしれない。自分はこれから何をして生きていくのだろうか。勤務先から与えられるタスクをこなし、少しでも良いものをアウトプットしていく。この時間が多くなる。それが自分の業となるのであるが、それを続けることで自分を納得させられるのかな。それで自分を満足させられるのかな。

こういう風に考えてしまうと、おそらく納得も満足もできないんだと思うんだ。僕にとって仕事とはその程度のものである。仕事に人生を捧げてきたんだ、というような話をしてくださる方がいるんだけど、本当にそういう方って幸せなんだろうなとおもうよ。仕事をする時間ってサラリーマンだと長いし、それにやりがいを感じてきた人なんだと思うんだ。周りの人もそんな仕事に打ち込む姿を讃えたと思うんだ。

しごと。自分にとってこれが生活の軸に据えたとしてもそれだけではない。仕事を愛せないんだよな。結構冷めた関係性を求めていると言うか。だってさ、会社とか仕事ってまず、人じゃないし、基本法人でしょ。とか言うと、でも実際は人と人同士の付き合いである、って言われちゃうやんかー。でもさ、それってさ、どうなんやろ。職場で出会う関係性から友人のような関係性に発展していく人もいるのかもしれないんだけど、まだ私はそこまで行ってないんだよね。職場でそういう関係性を求める人ってどれだけいるんだろうか。ビジネスの関係性をするときに、情ってとても邪魔だからさ、基本的には情感を持ちたくないのよ。間違った選択肢なのに情に流されて、正しいものを選べなかったらどうするのさ。そういう感じだから、基本的に職場で出会う人はあっさりした関係性を保っている。ってことで情を持たないスタンスだから、もちろん相手も自分に情を持ってくれない。ということで、会社での人付き合いは私が求めているおつきあい相手ではないのだ。

私が本当に求めているお付き合いは情を持てるお付き合い。称え合ったり、応援したり、慰めたり、相手に合わせて、相談して、会話をして、行動や発言ができる関係性、またそれを飛び越えて、何を発言するとか、行動するとかじゃなくて、落ち着ける関係性。そんなものはやはり会社には存在しない、自分が求めるものは会社にはない。なんの利害も考えず、ただゆったりしたい。

何をして生きていくのかを書きたかったのに、会社を軸に据えて生きることができないことをグチグチとタイピングしてしまった。あくまでも、生活するための手段である。なりたい自分ややりたいことはそこにはあまりない。とはいいつつ、なりたい自分はどんなものか、やりたいことはどんなものか。

そこなんですよ。自分としては夢とか目標というものは据えて生きてこない人生だったわけ。小学生くらいから抱負を求められたりしたんだが、ねえよ、そんなもんと思ってた。ねえよって思えるくらいに毎日楽しみや悲しみや切なさを感じて生きていた。夢なんてものより、身近な人間関係の違和感とかをどうにかならんのか〜って考えてる感じだったなぁ。人間関係のすれ違いや、謎ばかり考えていた幼少切っだよ。これはまじでそう。そういうところからのシェルターが家族であった気がするなぁ。家にいるときはほとんど何も考えなくてよかったので、安心してDSしてたし、テレビドラマ、バラエティに一喜一憂していたよな。だからこそ家庭内で喧嘩が起こったり、自分が癇癪を起こしてしまう時があったり、自分に軽はずみな発言をする兄妹にはイライラしてしまって後悔しているなぁ。

今日も本題について核心に迫れなかった笑

さて今日の一曲はTENDOUJIの『GROUPEEEEE』

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