モヤる

 インターネット上の大掲示板Twitterは自分でタイムラインを編集することができてしまう、自身の趣味嗜好に合わせたものにカスタマイズしておくことができる。

 よくTwitterに己の正義を持って、戦いに、声を挙げに行こうとされている方が目立つ。私は最初は、「なにごと?なにごと?」と思って、その社会運動家のようなツイートを読んだりもしていた。物によって内容は異なるのであるが、大体は、とある良くないと思われることを取り上げいくらか自論を付与していると思われるのだ。

 私はこの呟かれる方を見て、自分が苦しく感じることが増えてきた。ただ、この方々は自身の思い等もあり、表現されているため、それ自身は問題ない行動だと考えている。ただ発言する場所は、そこで本当に正しいのか?と私は思って、見てしまうことが多い。それは結構、厳しい言い回しの表現だけど、本当に問題意識を持っているなら、Twitterで取り上げる、という行動でいいの?と思ってしまっている。それは、どのレベルで発言しているの?本当に自分一人の独り言感覚?それとも、一部のフォロワーさんに共感してもらったりを期待しているの?はたまた、問題の核心を揺るがすくらいまでフォロワーの外までの拡散を期待しているの?ただの自己表明?などである。適した場所で、伝えたい相手に向けて発言しないと、いくら正しいと思っている言葉でも、それはいつでもナイフになりうるということをわかっていないよな。

 こんな面倒なことを考え始めた時点で、心のなかで、もうそんな人フォロー解除してしまえよ、もしくはミュートにしちゃえよ、と思い始める。何が言いたいかというと、自分の中で?が多い発言をされる方をタイムラインから除外する。Twitter界から追放している。ここまで来ると、Twitterの使い方というところを見直す必要が出てくる。ふとスマホをサクサク見てしまう。そんなときにTwitterを開いてしまうことも多い。ただこれは自分の本意ではないのだが癖になっている。何を求めて開いているのかといえば、フォロワーさんの動向の確認(ニュース要素が強い)、トレンドを確認し世界のツイッター民の動向の確認、、、たまにあるDMへの対応、、、自分の発信をつぶやく。このへんである。本当に今書いていて、大変、嫌な気持ちになったのだが、ほとんどのことは自分にとって優先順位の低い事柄だった。となると、私がそもそもTwitterというものとの距離の置き方:設定をミスしている可能性が高い、ことがわかった気がした。これでも距離をおいている自覚はある。スマホの中からアプリを消したり、タブレットの中からアプリを消して、見る時はブラウザから見るようにした。そうすることで、Twitter広告も見ることがなくなるし、、、いや、それはこの時点で話題の中心ではない。とりあえず、今時分がしたいことを確認し、優先順位が低いのだとすると、Twitterには時間を割く必要はなさそうである。自分の情報関係をもっとデザインする必要がありそう。Twitter内部ををデザインするというより、Twitterとの距離感を見直す方向になりそうである。

 『世界から猫が消えたなら』を思い出しました

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